15歳の女の子の人生を変えた「二人の母」少年の主張に佳子さまも大きな拍手★ビビット

去年、成年を迎え、初の単独公務となった
少年の主張全国大会に今年もご出席された佳子さま
毛先を巻き、ピンクベージュのジャケットにスカート姿でご出席
yjimage


今年で37回目を迎えたこの行事は
全国55万人の中から選ばれた中学生12人が
日常生活の中で抱いている思いなどを主張

佳子さまは中学生の主張に熱心に耳を傾け
一人一人に大きな拍手を贈られていました。

そんな中、ひときわ注目を浴びた一人の女の子がいました。
福岡県代表の馬場崎文音さん(15)です。
会場を大きな感動の渦い包んだスピーチの内容とは?

私には母がいません。
私がまだ幼かった頃にがんで天国に旅立ちました。
祖父母も早くに亡くなったので
幼稚園の時には父と私、
二人きりの家族になったのです。

でも、私には血のつながりのない
二人の母がいます。

文音さんが語った二人の母とは・・・

わずか2歳の時に母が白血病で他界。
父の帰宅は仕事の都合で毎日深夜になるため
育児に限界を感じていた。
そんな時に、
二人の女性が子育てを手伝うと
申し出てくれたのです。

それは文音さんが通っていた幼稚園の
当時主任の原中さんと、副主任の松原さん

それからというもの、文音さんは
小学校入学後も幼稚園に帰り、
勉強したり、掃除やおつかいなどのお手伝い
父親が迎えに来るのが深夜になるので
夕食も幼稚園で食べていました。

そして、二人の先生は中学にあがるまでの9年間
1日も休まずに面倒を見てくれました。

しかし、文音さんは当初、二人に素直になれなかったのです。
その理由は・・・

友達のお母さんはみんな若いのに
先生たちは、お母さんとは呼びがたい年齢だったからです。
お婆ちゃんのような年齢の先生から
「私たちがお母さんよ」と言われるのは
恥ずかしくて嫌でたまりませんでした。

他の子供が遊んでいる時に
掃除などの手伝いを命じられることへの反発もありました。
しかし、先生が厳しくしつけをしてきたには理由があります。

やはり、お母様がいらっしゃらないから
そして、女の子ですから
大きくなった時に困らないようにということが
一番私たちの心の中にありました。

中学にあがって、二人の先生と別々に暮らすことになった文音さん
最近になって文音さんは心の中にあったある思いを
二人にぶつけました。

最近になって、ずっと聞きたかったことを
思いきって聞いてみました。
「どうして先生は私を預かってくれたのですか?」と
園長先生は少し驚いたような顔をしましたが
すぐにいつもの優しい顔になって
それはね、あやちゃん、あなたが私たちの娘だからよ
と笑ってくれました。
自分でもなぜだかわかりませんが
このとき私は心から先生のことを
「お母さん」と思えたのです。
人は愛の中で生きている
そう思わせてくれてお父さん、お母さん
そして二人のお母さん
本当にありがとう。

終了後二人の母は・・・
「聞きながら、また新たな涙が出ました、感動しました。
私は今度周りの方たちに愛を与えなければいけないと
あやちゃんから教えていただいたと思います。」

二人にとってあやちゃんはこれからも娘ですか?
という質問には


「そうですね、永遠に続きます。」



二人のお母さん嬉しかったでしょうね!
文音さんはまだ中学生なので、反抗期などもあるはず
なかなか素直に思いを打ち明けられない年頃に
本当に偉いなと思います。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。

スポンサーリンク
Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする