般若心経の現代語訳☆意味をわかりやすく☆

お釈迦様が弟子たちと一緒に瞑想していた時に
弟子の中にいた観音様が突然悟ってしまったのです。

悟りを開くというのは
たくさん本を読んだり、瞑想するのもそうなんですが
努力したからといって悟れるものではないそうです。
なにかラジオのチューニングのようなものがあって
たまたま合ってしまった、のようなものでしょうか

般若心経はお釈迦様の教えのように思われていますが
お釈迦様に教えてもらっていた観音様が
同じ弟子仲間の舎利子さんに自分が悟ったことを教えるお話です。

まだまだ初歩の初歩で勉強中なので
何度も書きくわえなどしていくことになると思いますが
まずはこんな感じです。

観音様が
正しく物事を判断し、
悟りを開くために

心をこめて修行していた時
形あるものや心の動きや感じるものは
全て何もないということがちゃんとわかって
全ての思い通りにならないこと(四苦八苦)や
災いから解放された。

形あるものは常に変化しているので実体がない
実体がないからこそ一時的に形あるものとして存在する
(ということを大切なので言い方を変えて何度も言う)

目に見える事、以外の心の様も同じこと
要するにしつこく言うけど、
この宇宙にある全てのものや感情は実体がないのだ
この宇宙にあるあらゆるものは
ある日突然ポコッと生まれるわけでもなく
なくなるものでもない
あらゆるものは綺麗とか、汚いもない
増えたり減ったりもしない
なので、全てにおいて実体がないという中で
物はないし、感覚や思いなんかも全部ない
感覚器官もない
感覚器官によって感じるものもない
目で見て感じることもなく
心の世界も全くない
真実がわからないということはないし
悩みがないというわけでも、あるというわけでもない
老いることも死ぬこともない
老いることと死ぬことがなくなるわけでもない
苦しみ、その原因、原因をなくす方法
なくすとうこともない
知ることも得ることもない
智慧や損得にこだわらずに生きる
得ることがないからだ

悟った人、悟りを求めているものは
すごい智慧の完成をよりどころにしているので
心に妨げがない
心に何のさまたげもないゆえに
恐れることがない
全ての間違った考え方や妄想を遠ざける
平安で心安らかな状態でいれる
過去、現在、未来にいる菩薩は
本物の悟り、智慧により
この上ない悟りを得た
ゆえに、本質的な悟りなのです。
これは大いなる教えであり
大いなる悟り
この上ないこと
比較するものがない
全ての苦しみをとりのぞく本当のこと、これぞ真実
だから智慧の完成という教えを説くのだ
マントラを言います。

ぎゃていぎゃていはらぎゃてい
羯帝羯帝波羅羯帝  
はらそうぎゃてい
波羅僧羯帝  
ぼうじ
菩提  
そわか
僧莎訶

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