託明寺(浄土真宗)最澄と空海とともに唐へ渡った藤原葛野麻呂を先祖に持つ古刹/池田市

阪急宝塚線池田駅を出るとふくまるくんがお出迎え!
横断歩道を渡り栄町商店街をまっすぐ進むと
淡河歯科という歯医者さんがあります。
その裏が託明寺です。すぐにわかりますよ(^^)
門が閉まってることが多いようです。
私は今まで一度も門が開いてるのを見たことがありません・・・


託明寺のご先祖は藤原葛野麻呂(ふじわらのかどのまろ)
という人で765年に生まれたとされています。
この葛野麻呂さんなんと!
最澄&空海とともに唐に渡り
そして翌年6月に帰国し唐の文化を日本にもたらした
すごい人なのです(^^)/



その子孫の藤原仲光は源満仲に仕える武将でした。

仲光の末流の子孫に兵衛尚光という人がいて
蓮如上人に教えを受けて僧になり
兵庫県猪名川町あたりに浄土真宗を広めました

その子孫の兵衛行光という人の時代に
織田信長と石山本願寺の合戦となり1576年に討死

行光の子供「親為」は僧門に入り「祐玄」となり
父の兵衛行光の法名「受専」を開基として
猪名川町あたりに正覚寺という小さいお寺を建てました
これが託明寺の発祥です。

祐玄の子、祐西は1623年に寺を池田に移し
およそ100年のちに正覚寺から託明寺に変わります。
変わりますには深いいきさつが・・・

5世「在空」の弟に「尚良」という人がいました。
葛野家の分家となって酒造業を営み事業は大成功!
そして、正覚寺をもっと立派なお寺にしたいと考えますが
当時はお寺の格式に厳重な建築制限がありました。
そして、全国を探し新潟のあたりにあった由緒ある「託明寺」を
買い取ることに成功します。
そして兄の在空と力を合わせてお金に糸目をつけず
1724年に豪華な本堂を持つ「託明寺」を再建
現在の本堂は280年前のその時のものです。

建物は13年もの歳月をかけて作られており
今見ても、豪華な様子に目を見はります。
池田市重要文化財に指定されているのは
江戸時代狩野派の「吉村周山」の襖絵8面
「松梅に鶴・桐に鳳凰」は有名です。
庫裏玄関に何気なく置いてある衝立も馬場仲文の貴重な絵画です。

本尊は阿弥陀如来立像1655年の作
内仏阿弥陀如来木造は室町時代以前の作と思われます

鐘楼は1672年の創建で平成4年に再建されています。
梵鐘は創建当初のもので、戦時中に供出されましたが
運良く戻ってきました。

墓地には算術師範・西村瀬右衛門の墓があります。
瓦職人で微妙なカーブの屋根瓦の数を計算する
高度な数学に必要な頭脳を持っていました。

その後代々葛野氏が住職を継ぎ現在17世に及び、
約400年の歴史を有する。

2017年11月3日文化の日
門が開いていて、始めて中に入ることができました。



この記事は中岡嘉弘さんの著書池田歴史探訪を参考にしています。

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