昔の池田の人々は6月をどう過ごしたのか/豆芝居/端午の節句/池田市の歴史

6月(水無月)久安寺の紫陽花や蓮が綺麗に咲いて
シトシト降る雨を山々が吸い取り、
やがてぶわっといっせいに湯気を吐き幻想的な世界が広がる。

そんなやや偏頭痛を誘う憂いに満ちた今日この頃ですが・・


昔の池田の人々はこの6月をどんな風に過ごしたのだろうと
池田市史第五巻「民俗編」をめくってみた。

新暦と旧暦の差で端午の節句を6月にする地域が多かったようです。
一ヶ月遅れの6月5日に端午の節句をすることが池田ではけっこうあって
兵庫県や山陰地方にも多く見られたました。

6月4日の前日に菖蒲とヨモギとセンダンを束にして魔除けの意味を込め
屋根の上にあげ、5日の
夕方にはそれを降ろしてお風呂に入れました。
ヨモギやセンダンは薬草であり、いい香りがしそうですね(^^)
また、菖蒲を頭に巻いて頭痛の予防にしたとも言われています。



こんな感じだったのかな。
これは関西地方に多く見られる風習のようです。
菖蒲は水辺に生えるので火災を除けることができるとして
屋根に上げられると言われています。
その他に尖った葉っぱが刀に似ていて邪気を払うとも言われています。


先日呉服座の記事の中に豆芝居のことを書きましたが
この6月はまさしくその時期で、春から続いた農作業が一段落する時期で
豆ご飯や豆のおかずを持って呉服座で芝居見物をしました。

高齢者の楽しみであったり、
女性のみで出かけることもあったり様々でした。

以下は池田市史第5巻に書かれている各地域の6月の過ごし方です。

建石町

6月5日にヨモギとショーブを束にしたものを買い求め屋根の庇に放り投げた。刀に似ているので悪魔を追い払うという。
頭痛よけには頭に巻いた。
大黒湯では木綿袋にショーブを入れてショーブ湯を炊いた。
ヨモギとショーブは無病息災のご利益があるとされ全国で用いられている。
この大黒湯は建石町にあって昭和57年に廃業しました。

室町

端午の節句を月遅れの6月5日に祝い、大正末期ごろまでは各家でヨモギ団子を作ったりチマキを食べたりする。ショーブ湯に入る習慣もありました。

伏尾

端午の節句を6月5日にお祝いする。
鯉のぼり、武者人形を飾り、チマキを作る。

ショーブとヨモギとセンダンを括って屋根の上に放り上げる。
それを次の日は風呂に入れる

東山

6月5日に豆ご飯を神棚に供える
6月1日~5日ごろに年寄りがこぞって呉服座に芝居見物に出かけた
豆ご飯を持っていくことから「豆芝居」と呼ばれた。
(端午の節句は5月5日ショーブを屋根に上げた)

吉田

6月5日に端午の節句を祝う
ちまきを食べ、ショーブ湯をする
ショーブ、ヨモギ、センダンを括って束にして屋根の上に放り投げた。
ショーブが刀に見えて泥棒が来ないという言い伝えがあった。
ショーブを頭に巻くと頭痛が治るという言い伝えがある。

中川原

厄除けのためにショーブ湯に入る
屋根にショーブとヨモギを上げ、夜になったらそれを下げて風呂に入れる
ショーブではちまきをすると頭痛が起らないとされている。

西畑

昔は夏至が過ぎた頃に田植えが行われた。田植え前に溝掘りが行われる
田植えが終わるとサナブリ(早苗振り)という休養の日があり、
田の神が田植えが終わったのを見て帰る日とも言われています。
タコの酢の物、ハモ、ぼた餅などのご馳走を作りました。

上渋谷

田植え前にはバクロさん(博労)が来て牛の爪切りをした。
田の中に牛が入る時に爪が伸びていると裂けてけがをするからである
バクロさんとは馬の世話をする人で獣医さんが普及する前はこう呼ばれた。

尊鉢

6月5日に端午の節句を行う
ショーブを屋根の上に投げて、ショーブ湯にセンダン、ヨモギを入れて風邪のまじないとした。ショーブは頭に巻いて頭痛のまじないにした。

東市場

3~5日ごろ、そら豆を入れて炊いたご飯を持って呉服座へ芝居見物に出かけた。女性のみの楽しみだった。
石橋まで芝居の一座が来たこともある。

石橋

6月5日に端午の節句をする。
鯉のぼりや五月人形を出す家もあった。
ショーブとせんだんの括ったものを屋根にあげたり、風呂に入れた。
米粉で団子を作り、そら豆のアンを入れて蒸してハラミ餅を作る。
茨の葉で柏餅を作ったこともある。
6月に田植えが済んだあと休む。これをハゲショウ(半夏生)といい
芝居に行くことが多かった。

( ・◡・ )♫•*¨*•.¸¸♪
最後までお読みいただきましてありがとうございます。

また季節ごとに池田の風習について触れていきたいと思います。
参考文献/池田市史第五巻民俗編

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