昭和初期の池田”子ども物語”より明治と昭和の地図/池田市の歴史

中岡さんの蔵書の中に
昭和初期の池田 「子ども物語」をみつけました。
2000年に発行された本です。

こちら中岡嘉弘さんと、私↓

編集委員は5名おられるのですが
その中の一人は我が師匠の中岡さん
そして中島正雄さんもおられます。

中島さんはお会いしたことはないのですが
池田郷土史学会の理事を長年されていた大先輩で
子ども物語の責任者です。

池田の郷土史を研究されていた偉大な先輩方が記してくれたこの記録を、
埋もれさせずに後世に伝えていきたいと思い
この本の中からいくつか紹介していきます(*^-^*)

池田市立図書館にもあるようなので
興味のある方は図書館で借りてみてくださいね



この本の中で編集委員の一人の
広江悦郎さんが書いておられる

「地図に見る 池田の自然の移り変わり」
という文章にとても惹かれました。

この後の三枚の地図は池田の明治初期、昭和初期、現代の池田の地図です。

この百年あまりの間に池田の自然にどれだけ人の手が加わったのか、、、
というのを見ることができます。
明治の地図と、昭和初期の地図はそれほどの変わりはありませんが
大きな変化は、阪急電車が通り、室町住宅ができたことです。

昭和10年に産業道路が完成してからは速度を増して町の景観はかわりました。
完成後は交通量は少なく、牛車や馬車が通っていたそうです。
昭和20年以後は50数カ所あった”ため池”が団地や公共施設などを
建設するためにその6割が埋められました。

↓ここからは広江さんの文章そのままを引用します。

しかし、昔の池田が消えたわけではありません。
現在の池田は昔の池田の上にしっかりのっかっているのです。
猪名川、五月山、お寺やお宮さんの森など
ここかしこに自然が残って、昔の景観を保っている場所もあります。
私は、古い地図と最近の地図を読み比べる時、大昔から池田に住んで
何千年もかかってこの景観をつくり上げた人々、
それこそ数知れぬ人々の営みに感動するのです。
地図の読み方は人によって、目的によって異なります。
みなさんはこの地図を見比べて何を感じられるでしょうか

明治初期の地名・池・学校
(明治17年~23年陸測1/20000地図より)

昭和初期の地名・池・学校
(昭和7年陸測1/25000地図より)

現代の地名・池・学校
(平成5年国土地理院1/25000地図より)

三枚の地図を見ると、かなり変化が見られますが
変化は悪いことではありませんよね。
池田は懐かしい部分も残しながら上手に変化してるのではないでしょうか

それは池田に住んだ人々が未来の私達へ向けて
住みよい街を作ろうと努力してきた証しなのだと思います。

最後までお読みいただきましてありがとうございます。
子ども物語の中からまた記事をご紹介していきますね( ・◡・ )♫•*¨*•.¸¸♪

スポンサーリンク
Sponsored Link
Sponsored Link

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする