おんばのふところ/稲荷せんぎょ/池田市の恐怖スポット/五月山/がんがら新聞/昔話

「おんばのふところ」「おんばのほところ」どっちが正式名なのかわかりません
池田市が出してる説明や地図でも両方を使っているのです(?_?)
初めて知った方は何かわかりませんよね、

CAFEの名前でもないし、サークル名でもありません
あ、「cafeおんばのほところ」ってありかも!(^^)/

池田市にある杉ケ谷川の一部分をこのように呼ぶそうです。

ほところは谷の奥まった部分とか、何かに囲まれた場所という意味だそうで
ふところとほところは同じ意味なのかなと思います。

イメージ的に「お婆さんの懐」みたいな
何が出てきても驚くなよ、みたいな雰囲気なのかと想像しましたが
お婆さんや乳母、とは関係ないようです。

池田市の五月山にある体育館の駐車場に車をとめた時
かすかに野生動物のにおいがしたのです。
キツネかタヌキのフンのようなそんなにおいです。
においの方に行くと川が流れていて木々が茂って鬱蒼としておりました。
谷のような本当に自然のままの川です。
「あ、もしやこれが”おんばのほところ”か」と思いました。

ここからここまでが「おんばのふところ」というのが
イマイチはっきりわからないのですが
昭和初期に作られた地図ではこのようになっています。

あら?今気付きましたが、
↑この地図で姥ケ谷という地名のそばに「おんばのふところ」

はありますね、この地名と関係あるんでしょうねきっと。
どっちが先かはわかりませんが・・・

わりと最近の観光マップにはこのようにのっていました。


だいたい「おんばのふところ」なんて変わった名前を誰がつけたのでしょうね
そしてここはかなり昔から恐怖スポットとして語り継がれています(~o~)

市史編纂委員会委員長・森栗茂一さんが書かれた記事によると・・
稲荷せんぎょといって
この恐ろしい、おんばのふところを
冬の深夜に巡る行時があったそうです。
毎年、大寒の入りのころに行われる稲荷施行です。
赤飯を炊いて大きな握りにして油揚げ
を載せた物二つを竹の皮に包んで
「せんぎょ、せんぎょ、稲荷せんぎょ」と言って
30人ほどであちこちの木の根元や洞穴などに供えます
つまり、町はずれ
人の世界の境界を過ぎ
キツネの世界との境界を
不安の極致になりながら回るのです
中でも、バウバウという泉の音のする
おんばのほところで、池田の人は
恐怖体験の極致に達します。



この「せんぎょ」は池田だけではなく関西にわりとあって
彦根市高宮の豊勝稲荷では「施行」として行われているそうです。
これ”しこう”と読みますよね普通。
しかし僧や貧しい人にものを施し与えることは「せぎょう」と言って
それが「せんぎょ」になったようです。
寒いときに小豆飯、油揚げなどを田畑やキツネの巣の所に置いて
豊作を願う行事だったのだと思います。

がんがら新聞にも「おんばのふところ」についての記事がありました。
元石橋小学校校長の中島正雄氏が書かれた
「わたしの生まれた町池田」から
寒い冬でも暖かかった「おんばのふところ」
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「おんばのふところ」という場所があった。
池田城址の北東、空堀(カラボリ)が杉ケ谷川に落ちるあたりで、
現在の市立テニスコートのクラブハウスの南東である。
昔の池田は寒かった。
毎年二月頃、5㎝か10㎝の積雪が必ず一、二回あったものである。
阪急電車の運転士が、石橋の駅を出て箕面川の鉄橋を池田方向に渡ると
急に気温が下がるのがわかると言っていた。
(その頃の電車に暖房はありませんでした。)
池田の寒い冬でも杉ケ谷川のその部分だけは暖かかったのだそうで
誰言うとなく「おんばのふところ」と呼ばれるようになった。
両側が深い竹藪で、雑木や雑草の生い茂る谷間に土橋がかかっていた。
草や木の枝を手ではらいながら細い坂道をおりて土橋にかかる。
「おんばのふところ」はこんなところであった。
「乳母の懐」か「媼の懐」か語源は知らないが、
何ともほのぼのとした地名ではないか。
残念ながら、冬にその場所へ行った事はないので実際に暖かかったかどうかは知らない。
私がその場所へ行くのは真夏であった。
綾羽町を北へ行くと水田国重刃物店である。
上へつきあたって左へ行くと伊居太神社、吉村助役のお宅
右へ登ると大広寺参道、愛宕神社への登山道となる。
愛宕への登山道は石段になっていた。
日中友好協会の小山氏のお宅のところである。
このあたりで杉ケ谷川に降りる。
美しい水が石の上をサラサラ流れ、両側から覆い被さるように繁った竹の緑を映していた。
川風が涼しくて谷川の水は急に冷たく、真夏の別天地であった。
ただし、猛烈な藪蚊の襲来がなければの話である。
私達が杉ケ谷川へ行く目的は、沢ガニ採りである。
石をかえすと、きっとカニが居て、緑の谷川に沢カニの赤が美しかった。
大てい「おんばのふところ」のあたりでバケツは一杯になるので
土橋によじ登って帰ったものである。
カニ採りだけで物足りない時は冒険をした。
逸翁美術館(当時はまだ小林一三さんが住んでいた)から山に向かう道は、
杉ケ谷川に沿って山懐まで延びていた。

道が尽きると河床を歩く。
師範学校の寮の用水はこのあたりで採っていた。
更に上流に行くと洞窟があった。銅か銀の○坑だと聞いた。
この洞窟にどこまではいるかが冒険である。
穴の中は子供のくるぶしを超す氷のような水が流れていたし、
暗くて空気も冷え冷えしてものの10メートルも行くと体がふるえた。
今「おんばのふところ」は全く昔の面影をとどめない。
川にカニも居ないだろう
あの廃坑はどうなっているのだろうか。

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がんがら新聞は解散しており、中島正雄氏は
連絡先がわからないため、許可はいただいておりませんので
何かございましたら「お問い合わせ」からご連絡ください。

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おはなし/篠原利香 監修/中岡嘉弘

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