創作落語『猪名川の勝ち星』江戸時代に活躍した池田の相撲取り

『猪名川の勝ち星』

えー、江戸時代の池田のお話でございましてな。
池田いうたら、昔っから酒どころで有名でして、

「下り酒」と呼ばれて江戸まで運ばれて大変喜ばれたそうで
そこから人様にものをあげるときには
謙遜して「下らないものですが」と言うようになったとか、、

池田は朝から晩まで、
村中ふわ〜っと酒の香りに包まれおりました。
小学生でも「なんか今日も酔うてまうなぁ」言うて、
ふらふらして学校へ行ってたとか、、、

そんな中に「多田屋」いう小さな造り酒屋がありましてな、
ここに生まれたのが――ぷりっとした次郎吉
のちの2代目藤島となった相撲取りの猪名川でございます。

次郎吉は生まれながらの怪力でして。
十五のときには150キロの石をヒョイッ!
……いや、そらウソやろ?と思うやろ?
でも一応、西光寺の裏に「これちゃうか?」いう石、転がってます。
しらんけど、、、

順風満帆と思いきや、
若いうちに父ちゃんがぽっくり、母ちゃんは病弱で、、
家業が傾いて、どうにもこうにもいかんようになって
母ちゃんがしわがれた蚊の鳴くような声で言いました。

「次郎吉、あんだけ力あるんやったら……相撲取りになっとくれ」

ほいで次郎吉、あっさり藤島部屋に入門。
そして稽古の日々、、、のはずが
稽古しなくても強かった!

少しの努力が実って関脇昇進、名前もかっこよく「猪名川」に!

江戸でも大坂でも人気急上昇。
「猪名川の寄り切り見たか?」
「見た見た、あれは牛も投げる、熊も泣く、山が動く!」
「いや、それは地震や!」

場所入りのときは女中たちがキャーキャー言うて、黄色い声で
「い〜な〜かわぁ〜! チャチャチャ! いなかわどーん!」言うて
ファンクラブまでできた。

大阪場所の8日目に、、

控えの間で、対戦相手がそっと寄ってきて耳打ちする。

「なぁ猪名川、ワシな、今場所、あと1勝で勝ち越しやねん。な?な?
おまえ、金に困ってるやろ? 二百両やるさかい、コロンと転んでくれへんか」

猪名川、悩む悩む。
「うーん…二百両か…うーん」
実は借金が二百両あって、それが悩みの種で、、、
喉から手が出るほど欲しいのでした

そこへ女房が気づきます。夜な夜な内職開始。
縫うて、編んで、もう左手が軍手みたいになって、やっとこさ二百両!

それを小包に包んで、

「これ……ひいき筋からの贈り物やて。……うち、ちゃうで?」

猪名川、涙ボロボロ。
「金やない!勝ち負けやない!」

そして迎えた8日目――

立ち合いの瞬間、
「どすこいっっっ!!」

一発で相手が空中にひらひら~と三回転、土俵下の行司の膝にズドーン!

行司「痛っ!……軍配、猪名川ぁああっ!」

客席は総立ち!
座布団どころか、酒瓶が飛び交う始末。

猪名川、正々堂々、勝ち星ゲット!そしてドヤ顔!

けどな、ほんまに勝ったんは――あの女房はんの根性やったかもしれまへん。

ま、世の中、「金で倒すより、愛で投げる」が一番強いんかもしれまへんな。

猪名川、勝ったもんやから嬉しゅうて、女房に聞いたんや。
「なぁ、ワシ、ちゃんと土俵で勝ったで。どや、惚れ直したやろ?」

女房、じーっと見て言いました。
「まあな。でもねぇ
うちがあんたを支えんかったら、あんた、間違いなく”転がってた”わな」

猪名川「……うっ、」少し後ずさり、、、

女房「やっぱり、池田の男も、池田の酒も”下る”ようにできてんのやなぁ」

……あんた、くだらんこと言うて、すんまへんでした!



猪名川のお墓は池田市内の西光寺にあります。

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