ステーションN35周年おめでとうございます/池田市

先日、メガネの紫光さんでお買い物したときに、
イケメンの藤田店長から冊子をいただいたのがこちらです↓

なんと!ステーションN35周年✿オープンは1985年6月3日
地上11階建、地下1階の構造で、地上4階から上が住居部分、
地下1階と3階までは商店や事務所などの店舗が並びます。



ステーションNに入っている店舗の紹介が写真入りでのっています。
こんなお店があったんだ!と発見もあって、とても楽しい♪
主にご近所に配布されたようですが、各店舗にも置いてるそうなので
まだあれば貰えると思いますので、お店の方に聞いてみてくださいね!

このステーションNは35周年ということなので
どんな歴史があるのか少し、調べてみましたよ(*^-^*)

昔は池田駅周辺は高架になってなくて
開かずの踏切で交通が分断されてました。(3踏切がありました)
表通りは商店街で裏は老朽家屋の密集地と言われていたそうです。
そして駅前の再開発が始まりだします!


1979年7月5日 
池田駅付近の立体化起工式が旧車庫跡で行われました。

1980年 
市は土木部にある開発室を昇格させて「再開発部」としました。
この年に「アゴラ」が開店!
若生市長から、街の中に綺麗になった処理水でせせらぎを造ろうというアイデアが出る。

1982年 
府の事業認可が3月26日付けで下りる
駅北ビル(ステーションN)地下の掘削工事が始まる 

1983年
竣工 総工費100億円
春から地下の工事が始まり、
4月頃までには鉄骨の組み立てがはじまる。

権利者は72人、うち53人が地区外転出、19人がこのビルに入る。
空床のテナント募集を始める。
管理運営会社は人件費の負担を軽くするため当初3名ぐらい市職員を派遣、
管理会社の職員は5人ぐらいでよいのではないかとされる。    

1984年
若生市長1月のメッセージ
駅北ビルは順調な運びで、60年3月の完成を目指して本格的工事の年となります。この工事と並行してビル管理会社の設立と管理方法の決定、ビル入居商店主の決定も急がねばなりません。

愛称が募集される(^o^) この公募でステーションNと決まりました!

1985年
池田駅周辺開発のトップを切る駅北ビルは3月に工事終了となる
キーテナントとなる2階部分の入店問題が昨年末までに確定せず
オープンが予定より遅れることとなる。
当初は権利者である書店が入店することで話が進んでいましたが、話がこじれ断念する。
市はこの北ビルのキーテナントを書店と考えており、書店探しを開始し
白羽の矢を立てられたのが「アシーネ」でした。
スーパーダイエーの系列で各地のダイエー店内で書店を経営していた。
商調協の申請が間に合わず、キーテナントが準備できずオープンすることができないのがオープン遅れの理由。
(結局、全店舗揃ってのいっせいOPENはかないませんでした)


駅北ビル会社をスタートする。社長は藤阪宣彦氏
藤阪氏は園芸高校教諭を経て市役所入りをする。

アシーネの入店が難航、、、

5月、ついに華やかな一斉オープンが出来ず五月雨オープンが続く。

2階の大型書店「アシーネ」のオープン問題が解決せず
絶対反対の市内書店組合とアシーネの話し合いが難航。
入店可否を決める商業調整協議会を開催するめどが立たない。

やがてアシーネは出店に向けて動き出し、書店組合と話し合いがつく。
アシーネの入店は10月か新年と思われる。

アシーネ出店は8月6日の池田商工会議所活動調整協議会の事前商調協でゴーサインが出、オープンは10月25日に決まる。


●173号線バイパス
●猪名川の改修
●駅前再開発
この三大テーマにと石橋の開発もあって
池田市は活気があり、大いにもめて大きく変化した時代でした。

ちょうどこの頃、私は東京で生活をしており

帰ってきたら駅前が様変わりしていて浦島太郎のような気分になりました♪

今のステーションNは活気にあふれています。
毎日、大阪池田市の輪に各店舗さんからいろんなお知らせが届いています。

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