【神戸・塩屋①】海と山が近いレトロな街♪ 海を見に行ってみた🌊
【神戸・塩屋②】レトロな坂の街をやわらかん散策♪ 路地裏の宝探し🚶
JR神戸線で「海と山があって最高」な塩屋へ行き
ひとしきり海を眺め、、🌊
レトロな市場や坂道をくねくねと散策🚶
そして地図にあった異人館へ向かうことに!
こころはやわらかんやで(๑•᎑•๑)♬*゜
神戸塩屋は、、
明治から昭和初期にかけて、
素晴らしい景観や土地柄に惹かれた外国人達が多く移り住み、
その名残の洋館が今も点在している、、ふむふむ。
洋館や異人館は持ち主が変わりながらも、
その美しい景観は今も大切に受け継がれているようです。
めぐるーめぐるーよ時代はめぐるー🎵
頭の中でみゆきさんが歌ってる(๑•᎑•๑)♬*゜
グッゲンハイム邸を目指して歩きましょう🏠
塩屋に異人館があるっていうのは、来るまで知らなくて
↓地図を見て気付いたのです💡
Googleマップでは↓こんな感じ
洋館の大江家住宅
旧グッゲンハイム邸を目指して歩いていたら🚶
大江家住宅を発見!
このへんに洋館が集まってるかんじかな🎵
塩屋海岸に迫る山塊を背景とする山裾の高台に位置する、
大正中期に建てられた住宅建築です。
2階建ての洋館に平屋建ての和館が付置された和洋併置の住宅で、
瓦棒葺きの袴腰屋根とドーマー窓、煙突等が変化に富んだスカイラインを形成し、
白壁と軒下のハーフティンバーで構成された外壁面が特徴的な意匠となっています。
後藤家住宅など周囲の洋館とともに、個性的な住宅地景観を形成しています。
緑が使われた素敵な洋館✨
階段を少し上がらせてもらったら、海が見えた!
坂の上から見える海は、塩屋らしい景色。
「海と洋館がこんなに似合う町なんや」と思わず足を止めた🎵
この景色すきーーーー💓
しかしこのあたり、道が細くて車が通れない感じ😓
「車はみんなどこに停めているんやろ?」と思うほど、細い坂道が続く。
洋館の後藤家住宅
さらに歩いていくと、、
後藤家住宅💡
見上げても、お家の姿が見えず、、、
調べてみると、三角屋根の素敵なお屋敷でした✨
神戸建築祭のHPよりお借りした写真↓
なんと可愛いお家🎵
一番上の三角のとこの、窓を内側から見たいなぁ
塩屋の町でひときわ存在感を放っている赤と黒の三角屋根の旧後藤邸。
大正中期に貿易商・武田常次郎邸宅として建てられ、
昭和29年に兵庫日野自動車の創業者である後藤末二の邸宅となりました。
設計したのは、初代通天閣や旧西尾邸(神戸迎賓館)を手掛けた
「セセッション」の名手・設楽貞雄で、洋館部分はその特徴がよく表れています。
いよいよ旧グッゲンハイム邸へ

どこが入り口かわかりにくいけど
それもまた楽しい”やわらかんな時間”にわくわく🎵
坂を降りて、
小さな踏切の手前を右にまがる
ふみきりの音を聞くのをわすれた💦

普段は一般公開はされてなくて、
見学会は毎月第3木曜日とのこと。
この日は貸し切りで使用されているようでしたよ。

すてきな洋館で
コンサートやイベントとかいいなぁ✨


お庭は広くて
テーブルと椅子が並んでました。
”べっぴんさん”では幼稚園として撮影されていたそうです🎵

長年地域の人に「旧グッゲンハイム邸」として親しまれてきましたが、
ドイツ系アメリカ人貿易商グッゲンハイム氏とその家族が住んだのは
現存する北隣の洋館で、
この家を建てたのはジャコブ・ライオンス氏(1865~1916)だったことが、
2020年に判明しました。
同じく貿易業に携わったライオンス氏が、
明治末期から大正期にかけての神戸・塩屋で重要な役割を果たしていたことは
まだあまり知られていません。
1960年代の取り違えが原因でしたが、
親しまれている「旧グッゲンハイム邸」という名称を引き続き使用しています。
いろいろ調べていると、、
何人かの手に渡った後、”竹内油業”の社員寮となった時期もあり
その後、空き家になっていて、、
2007年に塩屋で育った方が購入されたそうです。
管理人となって、音楽のイベントなどの企画運営をされているとか

感想
塩屋に異人館や洋館があるのは知らなかったので
おもいがけず、いい時間を過ごすことができました🎵
次回はグッゲンハイム邸が公開されている
第三木曜日に来たいな(๑•᎑•๑)♬*゜
帰り道、洋館の余韻にひたりながら、
「大正時代には、この洋館でお茶会が開かれていたのかな。」
「外国の方と日本の方が、ここで笑いながらおしゃべりしていたのかな。」
なんて、想像していました(*’-‘)
そこで暮らしていた女の子は、どんな洋服を着て、
どんな景色を眺めながら毎日を過ごしていたんだろう…。
ほんの少しだけ、タイムスリップして見てみたい。

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