弘誓寺は鐘楼と山門が合体されてる珍しい建物!熊の墓がある!浄土真宗/池田市

大西山 弘誓寺
浄土真宗 本願寺派
池田市綾羽1-4-10
山門の上に鐘楼がある珍しい建築のお寺です

阪急池田駅から徒歩10分ほどで
近所には由緒あるお寺や造り酒屋があり
ゆるりとしていますが散策には楽しく歴史のある地域です。

この辺りは昔、大西町と呼ばれていたそうです。
北側にある出雲大社池田大教会の場所に
家老「大西与一右衞門」の屋敷がありました。

開祖は500年前の1509年
僧の道空と伝えられています。
道空は第五代池田城主「池田充正」の一族で
家老「大西与一右衞門」の家系の人です。
僧門に入り、本願寺九世「実如上人」の実弟となり
弘誓寺を創立しました。


この、鐘楼と山門が合体した建物は
1609建立記録の木版が残されています。
当時の人々には斬新でモダンな建物に映ったのでしょうか
高いところで鳴る鐘の音を聞いてみたいです♪


弘誓は経典の中にある言葉で
「仏・菩薩が弘く衆生を済度する」という
強い意志を表しています。

コトバンクによると
修行者である菩薩がみずから悟りを開き
生きとし生けるものを救済しようとする決意
誓いを立てること



このお寺で知られているのは
狩野派「勝部如来春斉」の襖絵八面
「松風に孔雀・松桜に孔雀」です。
1770年頃の晩年の作で池田市重要文化財に指定されています。
11月3日文化の日に公開されます。

襖絵のほかには
石山本願寺の合戦の時
弘誓寺が戦費を献じた顕如からの礼状や
元禄時代の版木などが残されています。


あちこちお寺に行って写真を撮らせていただきますが
写真を撮り始めるのは本堂にお参りしてからです。

お参りしていたら優しそうな住職さんが声をかけてくれました。
「いらっしゃい、中も見る?」
なんか申し訳なくて、「大丈夫です」と言ってしまいましたが
見せてもらったらよかったなぁとちょっと後悔・・・・



ご本尊は「阿弥陀如来立像」で元和時代のものです。
脇には「親鸞」「蓮如」の画像があります。


「巡回講」
200年以上続けられ、現在も続く「講」があります。
旧池田10ケ寺の住職が順に当番となって
毎月1回宗派を超えて食事を共にして親睦・情報の交換
頼母子の講を催しておられます。

墓地には酒造家「清水屋」の菩提寺として
歴代の墓石があります。
そしてなんと!「熊の墓」があるそうです。
「身代わりの熊塚」と言い伝えらえています。
1853年の冬、いっぴきの小熊が山から西本町に
迷い込んで大騒ぎになりました。
追い立てられた小熊は醤油を作る「雑喉屋太兵衛」の蔵に逃げ込み
あわや鉄砲で撃ち殺されるところでしたが
心の優しい太兵衛は檻に入れて7年程も飼いました
ところが太兵衛は大病にかかり命も危うい時
熊も病んでまもなく死んでしまいました。
その後不思議なことに太兵衛の病状は日増しに良くなり
全快することができたそうです。
これは熊が恩返しのため身代わりに死んだの思い
境内墓地に熊の墓を立てたそうです。
今でも「池田昔ばなし」として語り継がれています。

この記事は池田の歴史を研究されている
中岡嘉弘さんの「池田歴史探訪」を参考にさせていただきました。

すぐ近くには吉田酒造さんがあります。


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