和泉式部にあやかる恋愛成就の寺「無二寺」女子力UP!モテ期到来!池田市古江

謹んで初春のお慶びを申し上げます☀

昨年はたくさんの方にこのブログをご覧頂き
ご協力をいただきまして本当にありがとうございました<(_ _)>
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

元旦から介護施設の仕事で8時間勤務し(*_*)
さて、二日はどこに初詣に行こうかなと迷ったのですが
そういえば密かに「恋愛成就」と噂に聞いていた
古江の「無二寺」に行ってみることにしました。
大阪府池田市古江町387

ここには和泉式部の宝篋印塔(お墓のようなもの)があります。
寂しがり屋な彼女は歌にも「自分が死んだあと忘れられるのが寂しい」
詠んでいたことがあり、お参りするととても喜びます!
特に「恋話」が大好きなんだそうですよ✲゚。.(✿╹◡╹)ノ☆.。₀:*゚✲゚*:₀。
恋愛運UP!女子力UP!の無二寺に行ってみましょう!

たぶん近くに駐車場がないと思ったので徒歩で行くことにしました。
昨年、鼓滝駅前にイオンができたのでちょっと寄ってみようとも思い
いざ出発です!いつもの陽松庵へ行く方角へ✲゚。.(✿╹◡╹)ノ☆.。₀:*゚✲゚

家の近くの池です。池の横をぐるっと通ります。
なんともいえない雰囲気なんですよねぇここ。
首のないお地蔵様がこのあたりにあると聞いたことがあります。
山を降りる感じで進むのでゆるい下りなのでラクラクです♪


あんまり人も車も通らないし、
けっこう大きな声で歌いながら歩きました(^^)/♪♪

山を下りてくると鼓が滝へ一直線の道になります。

この一直線の道に「九頭大明神」への看板、ここからすぐです。
以前に詳しく書いておりますので↓こちらクリックしてください(^^)/
九頭大明神/九頭神社「九頭竜」源満仲/不思議な龍のお話し/鼓滝

↓こちら鼓が滝駅前です。コインパーキング何カ所かあります。
このあたり、小さいお店が並んでいます。踏切を渡って進みます。
このあたりに車を置いて徒歩で行ってもいい感じですね♪

イオンに到着です!かわいい帽子があれば買いたいなと思っていたんですが
雑貨屋さんとかファッション系のお店が見当たらず・・・
ジョーシンと100均のスーパーとか病院とかそんな感じでした。
駐車場は入りやすそうだったのでまた買い出しに来たいなと思います。

173号線を池田方面に歩きます!そんなに寒くなった。
グーグルの地図を見ながら進みます(^^)/
川が流れていて気持ちいいです。

しばらく歩くと、上に行く道と下の道に別れていました。
えーー!!どっち?誰もいないし、案内もな~い・・・
とりあえず下の道を行ってみることにしました(^^)/
(上の道に行くと、もしかして古墳があるのかな?)

古江町の信号のところに出てきました。左の道を進みます。
古江は「シノブ梅盆栽」の名産地でもあります(^^)/

歩いていくと古そうなお家がたくさん!
時代がとまったような懐かしい雰囲気です。土のにおいがしました(^^)/


グーグル地図通りに歩くと見えてきました!無二寺さん
古いお家がズラッと並んでいます
お寺の前に車が停まってますが、特にお寺の駐車場というのはないです。


鼓瀧山 無二寺 曹洞宗 大廣寺末寺
無二寺となる前は「海光山 等覚寺」という名前で行基の開祖と言われてます。
行基といえば、久安寺の開祖でもあり700年代前半に活躍した僧ですので
1300年も前の頃です。その後木曽義仲の「寿永の乱」1180-1185で焼失

1562年 僧の曇清が無二寺として創建
1676年 井関某によって再興されたが天正の乱で再び焼失
1798年『摂津名所絵図』に和泉式部塔、古江村無二庵にありと記される
現在の本堂は40年ほど前に建てられた。

ご本尊は釈迦牟尼仏
墓地には「等覚寺」当時の墓石が残されていて
室町初期の「阿弥陀蔵石仏」
室町末期の「光明阿弥陀仏像石仏」
大阪府指定文化財となっている「和泉式部の宝篋印塔」1349年があります。

お寺に入ろうとしたところで、お寺の人が出てきて
挨拶すると「どうぞゆっくりお参りください」と笑顔を言っていただきました。
和泉式部の宝篋印塔のことを聞くと、詳しく教えてくださいました。
とてもお若い今のご住職でした。



↓こちらが本堂横にある観音堂と思われます
十一面観音が祀られています。
摂北・観音霊場として久安寺の僧「円海」が三十三首和歌を作り
その六番に等覚寺の観音としてあげた一つです。
その後、廃寺となり改めて第9番霊場となりました


↑この奥にある木の扉の向こうが墓地です


墓地に入るとすぐにわかりました
和泉式部の宝篋印塔 花崗岩 高さ約2メートル
お墓のようなものですが、ここにお骨が入ってるわけではないそうです。
和泉式部は晩年を池田市古江で過ごされたそうです。


     向かって右側の石造物は何かわからないそうです↓

宝篋印塔の後ろにはズラッと歴代ご住職のお墓が並んでいます。

宝篋印塔には貞和5年(1349)の銘があります
蓮華座の上の隅飾りに「蕨手文」の突起が施されているのが特徴で
例のないものだそうです。完全な形で保存されている貴重な石造物です。
基壇には僧俗あわせて13名の建立した人の名前が彫られています。
和泉式部といえば、「小倉百人一首」や「和泉式部日記」で知られる
平安中期の女流歌人です。

この方は平安時代の超モテモテな女性であります。
ものすごい美人で頭も良く、女子力が高かったと思われます。

「我に誰あはれをかけむ思ひ出のなからむのちぞ悲しかりける」
という歌を詠まれています。
いろんな解釈があるようですが
私の死後、私を思い出す人もいなくなることが悲しい
と解釈されているようです。

和泉式部はいつも誰かに思っててもらいたい寂しがり屋な人なので
時々お参りすると「私のことを思いだしてくれてありがとう」
願い事が叶うように手伝ってくれるのです。
得意分野は恋愛、美容、芸術などなど多岐にわたります。
目上の女性に相談するように、宝篋印塔の前で語りかけてみてください。

和泉式部 973-1040?
父は越前守大江雅致で太皇太后宮の上級官史(木工頭)として仕え
母は平保衡の娘で教養高く、豊かで恵まれた良家に育ちました。
成長するに従い王宮の人気を一人占めする才媛となります。
16歳の時、父の仕える太皇太后宮の官史和泉橘道貞と結婚し
和泉式部と呼ばれることになり一女をもうけます。
式部は才媛であるとともに男を惹き付ける容姿を持ち
情熱的で今でいう女子力高く、恋に生きる女性であり
そうゆう正確から夫とうまくいかず離縁し、1人になると
弾正宮為尊親王の寵愛を受ける身となりますが
親王はこの式部との乱行のためか26歳でなくなります
式部は悲嘆に暮れた毎日を過ごしますが親王の弟宮と結ばれます
しかしその弟宮も亡くなり再び悲しく寂しい日々を送ることになります。
1年あまりが経ち、一条天皇の中宮上東門院に出仕することになり
間もなく大江山の鬼退治で有名な源頼光の有力な家臣、藤原保昌と再婚し池田に住みます。
30年ともに過ごした保昌も亡くなり、寂しさの中、尼となる

藤原保昌との逸話
ある秋の夜、鹿の鳴く声に狩に出ようとする夫へ
「ことわりやいかでか鹿の鳴かざらんこよひ限りの命と思へば」と歌えば、
保昌は感じて、以後狩をやめた。今も猟師がこの墓のそばを通れば獲物がとれないという。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。
行き方は能勢電の鼓が滝駅から徒歩で行かれるか
阪急バスの中川原から徒歩のどちらかになりますが
おすすめは、能勢電鼓が滝から徒歩~無二寺~如来寺~徒歩~
阪急バス中川原あたりから乗車~池田駅

素敵な景色、自然の中を歩きながら恋愛のこと等考えてみると
いつもとは違う発想になるかもしれません(^^)/
そしてお参り後は和泉式部からのメッセージを受け取ることが
できるかもしれません。

この記事は郷土史研究家の中岡嘉弘氏の著書「池田歴史探訪」を
参考にして書いています。


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いけだより
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来年の3月1日にがんがら火のはじまりを小説風にした
物語「神火を飛ばした男たち」発売いたします。
中岡嘉弘 篠原利香 松原りこ 共著です。


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おはなし/篠原利香 監修/中岡嘉弘

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