小浜宿の東門跡と道標と法仙寺/宝塚市

このブログは介護職員である私が
介護施設の利用者さんに向けて書いておりますので
親しみのある、やさしい表現になっています(^^)

宝塚市の小浜宿のご案内は今回で7回目です(^^)
今回は、東門跡、道標、法仙寺をご案内します! いいお天気です



小浜宿へは車で行きましたが

電車だと、阪急宝塚線の売布神社駅から歩いて行けます♪

ある時は介護職員♪ある時は旅人♪のシノハラです~(*^-^*)ヨロチクね

小浜宿(こはまじゅく)とは(^_^)/
15世紀末から江戸時代に栄えた有馬街道の宿場の一つで
京伏見街道、西宮街道も通り、交通の重点な場所でした。
名水「玉の井」の地で酒造が発達し、大工衆の町としても名を馳せた。


こちら↓資料館でいただいた、めっちゃわかりやすい地図♪
↓こちらが資料館です(^^) 
戦国武将の山中鹿之助の子孫が暮らしていた場所です!

こちら↓小浜宿のメインストリート!右に代官所跡が見えています。
江戸時代の雰囲気が今も感じられる町並みです。
震災前はもっと古い建物がいっぱいあったそうです。


ナント!織田信長の攻撃に備え、小浜は自然の地形を上手く利用しました。
北、西、南の三方を大堀川が流れ、
東側は池や土塁で囲まれて城塞(じょうさい)となっており、
三方に門を構えて武装した、その名残りが今も残っています。

↓こちらは東門跡、上側の祠は防火の神様、愛宕さんのようです。
 池田の五月山にも愛宕神社があって、がんがら火祭りは愛宕火の祭です♪

横から見てみました。

さてさて、法仙寺までの道に、古い道標がありました。
右/きやうき与(より)尼崎江(え) 正面/これより右昆陽寺行

平成8年の道路工事中、地中から発掘されました。
江戸中期のもので、市内で6番目に古く、
右へ行くと昆陽寺、伊丹を経て尼崎につながることを示しています。

こちらの道標は、左が三田有馬 右が中山大坂


道標を見ながらテクテクと歩いて行くと、
住宅街の奥まったところに法仙寺(ほうせんじ)の山門が見えてきました。

だいぶ、新しい雰囲気のお寺ですね。

小浜も、阪神淡路大震災で多大な被害を受けたそうなので
地震で倒壊して、復興したのかもしれません。
とても綺麗です
( ・◡・ )♫•*¨*•.¸¸♪ぴかぴか

■宗 派 浄土宗 知恩院派
■山 号 長寿山

■ご本尊 立像の阿弥陀如来 極楽浄土[ごくらくじょうど]の仏様
■開 基 沙門法仙 
(しゃもん)
■住 所 兵庫県宝塚市小浜5-10-2

戦国武将「山中鹿之助」の子孫にあたる、
酒造業で冨を得た山中 清直氏やまなか きよなお)のお墓があるお寺です。

江戸で大変評判になったお酒で、宝塚や伊丹、池田のお酒は江戸へ下る
「下り酒」と言われました。
くだらないものですが、、、の語源はここから来たと言われています。

ババーン!
本堂は2階建てになっています。


屋根の形が、羽を広げて今にも飛びそうな感じでいいですね!
↓このあたりに墓地がありました。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。
愛犬ぷぅにゃんとともに、さようなら(^_^)/

他にも小浜の記事を書いていますので、どうぞご覧くださいね!

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