池田市宇保6-18
猪名津彦神社をご紹介いたします(^^)
ここはもともと古墳だったそうで、
大きな石がゴロゴロある、古墳神社です。
今は公園にもなっていて遊具がいろいろあり
そうなると・・・・
猪名津彦古墳神社公園と呼ぶのがしっくり来る感じ♪
さて、誰の古墳かというと
阿知使主・都加使主で、あちのおみ・つかのおみと読みます。
この2人は親子で、阿知使主がお父さんで都加使主が長男。
ちなみに次男は坂上志拏直です。
猪名津彦という名前は功績から賜ったものだそうです。
だいたい1800年前ぐらいに生きていた人です。
この親子は大陸(呉)から「衣服を造る技術を持った女性」を
数名連れてきたことで有名で
その伝説が織姫伝説として池田市で語り継がれています。
↓わかりやすくファンタジー童話にしておりますので是非お読み下さい
織姫伝説ファンタジー
さて平安時代にこの一帯は河内国土師から坂上氏が来て開墾した
「呉庭の庄」と呼ばれた荘園でした。
荘園=公的支配を受けない一定規模 以上の私的所有・経営の土地
禅城寺と呼ばれる坂上氏の菩提寺もあり
「池田の観音さん」として親しまれました。
古墳は横穴石室の円墳と小さい祠がありました。
1805年に石棺が開けられると中には朱色に染まった遺物(骨)があり
それを伊居太神社の神官が持ち帰り境内に埋葬しました。
長い年月が経ち、伊居太神社に預けられていた古墳のご神体は
昭和33年に現在の猪名津彦神社に高床式本殿と拝殿が建てられて
再び勧請(神仏の分身・分霊を他の地に移して祭る )されました。
なるほど古墳のように少し高くなっています。
大きな木が数本、神社を守るようにそびえ立っています。
お正月を数日後に控え、来年の干支が出ていました。
こじんまりとした小さな神社ですが
地域の人に大事にされている感じが伝わってきます。
横手から裏にまわると本殿がよく見えます。
この裏にある木がそれはそれは立派でした。
この本殿は神明造りといって、お伊勢さんと同じなのだそうです。
拝殿と本殿の間↓
古墳に使われていた大きな石です。
こちらも大切にお祀りされています。
927年に作られた「延喜式」という法典の中に含まれている
巻9.10にあたる「神名帳」に記載された神社を「延喜式内社」と呼びます。
ここに記された神社の数は2861社です。
その中に猪名津彦神社の名前があります。
他に伊居太神社、細川神社もあります。
近所をぐるりとお散歩してみると
蔵のある大きなお家や、表札の名前に歴史を感じるものがありました。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
コメント
宇保神社の紹介、有難う!。小さいながらも五社神社、十二神社と同じ様によく手入れされているけど
訪れる人は殆ど地元の人ですね。これで拝殿と本殿の違いが解って本当に少ない神明造を
見てもらって、お伊勢さんと同じ造りの本殿を見て貰ってお詣りして貰えれば有り難いです。今は、住吉造り・大社造り・春日造り・流れ造りが殆どの神社で見られますが本当に神明造は少ないのです。
後、上の宮さんや細川神社で見られる舞殿(神楽殿)もこの辺りの神社では見ないですね、そんな意味でも上の宮さんに正月は参拝して貰えると嬉しいです。中村
こんにちは、こちらこそありがとうございました。
本殿がこんなによく見れる神社はめずらしいですね
しばらくベンチに座って眺めていました。
祀られてる巨石の後ろに樹齢300年の木の蕪があるそうで
それは見落としてしまいました。
今年はたくさん教えていただいてありがとうございました。
来年は摂北観音札所をまわってみたいと思います。