五月山公園の緑楓台は紅葉と不思議がいっぱい/田村駒治郎の洋館跡、園遊会が行われた

池田市のシンボルであり
池田市民の愛する五月山公園
赤い橋を渡ったところに「緑楓台」という
バーベキューができる広場があります。

たぶん、りょくふうだいと読むのかと思います。

五月山動物園は小さな動物園で、入場料は無料です。

もともとウォンバットがいるのですが
今年、さらに3頭のウォンバットがオーストラリアからやってきました。

緑風台はとても広々としていて、水道やトイレが完備!
お子様が遊ぶ遊具のある広場も近くファミリーで楽しむ方も多いです。

いつもバーベキューをしてるのはだいたいこのあたり↑
木がおおい茂っていてとても気持ちのいい場所なんです(^_^)/

↓この写真の通り、地面を白いタイルがぐるっと埋まっています。
あんまり気にしていなかったのですが
ある日、郷土研究をしている友人が
「これは田村駒治郎の洋館跡やで」とおっしゃり、
ということは、この辺りは田村駒治郎様が池田市に寄付をしたのか
それとも池田市が買ったのか、詳しいことはよくわかりませんが・・・・
とても興味深い話だなぁと思いました(^_^)/

2018年1月8日更新

「続 池田講座 人物誌編」の中に
田村は、誕生の池田を常に心におき、五月山公園の緑楓台および
その西側(池田市新町)に広大な別邸を建設し
園遊会や社員の福利厚生施設として活用しました。
とありますので、間違いないです。

田村駒治郎さんについてはこちらをお読み下さい↓
田村駒治郎は池田市が誇る偉人!公会堂を建てビリケンの商標登録、五月山の一部を寄付

この洋館のことがどこかに出ていないか調べてみましたが
今のところ、よくわかりません、しかし
田村駒治郎さんの関係者の話の中にこのような言葉がありました。
(この話が緑楓台のこの場所にあった洋館を指すのかどうかはわかりません。)

池田の田村さんの五月山の屋敷で園遊会があって
その時は社員だけでなく、親戚関係の皆が、
例えば母親の父母まで呼ばれたそうです。

そこでいろんな模擬店が出て、それを食べ、運動会をしたりして
いろんな賞品をもらって非常に楽しかった・・・・

そうゆう目でこの辺りを散策してみますと
不思議なものが見つかります
この巨大なでんでん虫のような形をしたものは何だろう?

スミッコの方にある手水のようにも見える石は?

草に覆われていますが、建物跡のようなものが・・・

五角形の石はどんな意味があるのでしょう?

ここにもかなり劣化した手水のような石がありました。

龍もいました。
五月山には龍のお話しが多く残っています。詳しくはこちらをお読みください↓
池田市/龍のおはなし/寿命寺の雨乞い竜/大廣寺の白い龍/五月山にたくさん龍が住んでいました。

↓これも建物の跡のようでした

古い階段、すごくいい味出ています。
ずーと登っていくことができて、ハイキングコースになっています。

五月山といえば紅葉が有名です。

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池田市には1600年前から伝わる織姫伝説があります。
わかりやすくファンタジー童話にしましたので是非お読み下さい。↓
池田市の織姫伝説☆ファンタジー☆童話/昔話/くれはとり(呉織)あやはとり(穴織)呉服神社と伊居太神社

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コメント

  1. 中村 より:

    退院して来ました。よく調べましたね〜、頑張りましたね〜、でも決め手がないのが・・・。私は田村駒の別荘への入り口が前から気になっています。もみじ大橋がない時代に別荘に入る道は国道173号線の旧能勢街道しかないと思っています。今の伏尾台方面バスターミナルの裏が戦前の池田駅で私の家は喫茶店をしており1945年の6月位に立ち退きになったと聞いております。その時代の173号線は勿論ない訳ですが、能勢街道の寿命寺の壁が写っているいる写真では、商店街で道幅が3mの地道です。電車を降りてこの道を通り今の173号線のブレットジャパンを右に曲がり稲荷さんを超えて別荘に向かったのではないかと思います。橋を渡らずに行く道はこれしかないと思いますよ。中村

    • rika より:

      おはようございます!
      退院おめでとうございます。
      いろいろわかってくるとおもしろいですね
      十二神社が「駒の森」と呼ばれていることも興味深いです。
      八坂神社に合祀されているので神田ですから
      この駒から駒治郎の名前がついたのかなぁ?とか私の想像ですが・・・
      あとおもしろい話では堺市の市章は田村駒治郎さんが応募して当選し
      決まったそうです。さすがデザインに長けていますね

      私はいつも緑楓台に行く時は
      アルパカ工房のとこの鬱蒼とした坂道から上がりますが
      田村駒治郎さんの頃はあの道はなかったんでしょうか・・・

      五月山もこれからどんどん開発されていくようですが
      歴史と文化を残していって欲しいですね

      中村さんに田村駒治郎さんのことを勉強するきっかけをいただいて
      ありがとうございました。
      お体お大事にしてください。

  2. 中村 より:

    アルパカ工房から上に上がる所に古い手入れの少ないお稲荷さんが在りますよね、新しい道ならお稲荷さんはないと思います。そして沢が猪名川に向ってます。別荘に行くにはこの道しか考えられません。その沢をまたいでいるのが紅葉大橋です。五月山山系の上はゴルフ場が二つ、このゴルフ場は隣接しているのですが半端じゃない位、池が沢山有ります。池田は今でこそ埋め立てたので少なくなりましたが本当に池が多く池多と言っても良い位です。池田城の堀代わりの杉ケ谷川も今の五月ケ丘小学校の場所に有った「センダ池」から流れていたのです。西福寺のブログに写ってる荒堀川もその一つです。市民文化会館、石橋公園、石橋南小学校、夫婦池テニスコート、etc。続く

  3. 中村 より:

    渋谷中、辻が池公園etc本当に埋め立てられた池が変化して立派な学校、公共施設、公園に変化して、この池田市は、町は発展したのだと感じていたのです。話を本題に戻します。亀の森住吉神社、駒の森十ニ神社、今まで気付かなかった、亀と駒ですか!面白い。十ニ神社も人の少ない神社ですが今年の正月は北今在家の人々が集まって何かをしていました。何時も落ち葉などを整理して綺麗にしておられ私の好きな神社です。
    東山、中川原、渋谷、畑、神田、住吉、宇保etc
    あらゆる所に用水路、又は用水路後が一杯見られます。面白い調べ甲斐のある町です。
    歴史は用水路にも多いに関係していると思いますよ。中村

  4. rika より:

    こんにちは、退院後体調はいかがでしょうか?
    池田は池が多かったんですね!地図で見るとゴルフ場に大きな池がありますね
    池多、おもしろいですね!
    アルパカ工房のところの道は知らない人が多いので、あそこに看板やゲートを
    作ったらどうか?という声もあるそうです。
    あの古いお稲荷さんはいつ頃建てられたのでしょうね、いつも通るたびにお参りしています。
    用水路は石橋商店街の中にもありますね、ほんと水の都です。
    亀の森と駒の森もおもしろい!
    亀の森のあたりは入り海で、ある日突然亀の形をした島が現れたのが始まりのようです
    駒の森は昔参勤交代で通過する大名行列がここで馬を休めたことから『駒の森』と呼ばれているそうですよ。